私のプロフィール

今さらながら、プロフィール。

幼少期

押入れから落ちて骨折 3歳

暗い電球の下、診察ベットの上で父に押さえつけられ、
白衣を着たお医者さんに骨をゴキゴキ動かすにぶい音わめき散らす私。

これが私の中の一番古い記憶です。

2つ上の兄と押し入れで遊んでいて、
そこから落ちて右手を骨折したときにタクシーで夜病院にいって治療されている光景。

小さなころは、近所のお姉さんたちが遊んでくれなかったので、
いつも兄にくっついていって木登り、夏は朝 早起きして祖父と兄とカブトムシとり

 

おままごとデビュー 幼稚園児

幼稚園に上がった時、おままごとのやり方がわからなかったくらい。
おてんばでした。

兄は、とてもかわいがられて風邪をひいても熱がある私の方が歩いて、兄がおんぶされるという感じでした。
その時からいい子にしていれば祖父母、両親が喜んでくれるという周りの目をきにして我慢することを覚えた気がします。

幼稚園に入ってからは、女の子と遊ぶようになって無事におままごとデビューもしました。

 

イジメでこの世の終わりかと思った小学生時代

小学校の時は、クラスの中心的グループに所属、だからといってトップというわけではなかったです。

小学校高学年になるとクラス全員で一人を無視するといういじめが流行って、
私の友達もその対象に、私はそのいじめにあっている子と話したいから普通に話していたら、今度は私がいじめの対象に

今思うと大したことないんだけど、小学生の小学校という小さなフィールドがすべての子供にとっては、かなりつらい時期でした。

そのいじめも何週間で他のターゲットにうつったので私のいじめは終わったんだけど、
その中心的グループからは抜けて、この時から女性特有のつるむっていうのが苦手になりました。

 

友人に恵まれた中高生時代

中高は友達にも恵まれ、楽しい学生生活を過ごしました。

成績もそんなに勉強しなくても中の上くらいで高校受験も短大受験も努力せずに行ける学校を推薦で入学したというあまり頑張らない冒険しない子でした。

 

セクハラ、パワハラの新入社員時代

今でも冒険しない安全なぬるま湯にツカッテいたいタイプなので、このYouTubeやSNSに顔出し、名前を出すというのはかなり私の中では、ハードルの高い冒険なんです。

学生時代の私は、安定志向で冒険したくない人でした。

なので就職も氷河期だったんですが、やりたいこともなく
なんとなく雰囲気がよさそうな専門商社に就職しました。

そこがもう最悪な会社でした。

その時代は、セクハラとか普通にあったので、

今では考えられないかもしれないけど
入社してすぐに部署の慰安旅行があり、
上司の女性に「宴会は浴衣で出席すること」と言われました。

パジャマを持って行っていなかった私は、上司のいうことを聞かずにジーンズで出席したら
その女性の上司にしたうちされました。

おじさんたちに浴衣をめくられたりしている女性の先輩たちは下にちゃんとレギンスはいているし、
チークダンスは踊らされるし、デュエットの時は腰に手を回されるし、ほっぺたにキスされるし、

セクハラのオンパレードを入社して2週間くらいでしたが、辞めたいって同期と泣いてました。

でも慣れは怖いもので、半年もしたらそのおじさんたちを手玉にとるようになってました。

その会社は本社にバーみたいなのがあって新人社員の女性は、各営業所の飲み会でホステスをしなきゃいけなくって、
「ウーロンハイの作り方が下手だ」とよく怒られました。

美味しいウーロンハイ飲みたいならそういうお店にいけ!って心で思いながら「すみません」って謝ってました。

女性社員は、使い捨てという考え方の会社だったので3年以上いる先輩は、
肩たたきをされていたのをずっと見ていたので、3年後どうしようとずっと考えながら仕事をしていました。

派遣社員時代

ワンマン社長のイソギンチャクが出世する会社にも嫌気を感じていたので、
私は派遣社員という働き方を選びました。

派遣会社は、Exelとかのパソコンも教えてくれるし、
めんどくさい会社のしがらみも関係ないので、私にとってはとても都合がよかったです。

 

社長が夜逃げ

でも30を前にこのまま派遣社員で大丈夫なのか?

ずっとお付き合いしていた人とも分かれちゃったし、と不安に感じて正社員で就職したこともあります。

その時は、珍しく携帯電話のクーポンを発行している会社でした。

私が入社した時にはかなり運営も厳しかったみたいで、ある日社長が行方不明になってしまいました。

入社して3か月のお給料も一度も払ってもらえず、社長の新聞代も私が立替え

会社のことは、かわいがってくれていた他の会社の社長さんが処理してくれたんですが、

他の社員の方の分も私がまとめて労働基準監督署に出向き、
内容証明などいろんなことを教えてもらいながら処置をしました。

でも社長は見つからず、全額ではないのですが、国からというかみなさんの税金からいただきました。

自分の会社を見る目がないことに落ち込みやっぱり派遣会社にお世話になることに。
正社員前は、誰もがしっている一流商社に派遣でいっていて、

辞める時にお婿さん探してあげるから辞めるのやめなさい。って部長秘書に引き留められたのをそのまま残っていればよかったと後悔もしました。

あの時、お婿さんを紹介してもらっていたら今頃商社マンの妻として海外でくらしていたかもって今でも思っています。

 

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